金沢遠望

2006年02月28日



金沢週末滞在プログラム

●北陸新幹線の開業をきっかけに、県外客に金沢ならではの伝統や文化を堪能してもらう「週末滞在プログラム」というものが発表されました。これは金沢出身者にとっても興味ある企画です。

●このプランは、「金沢の食や伝統工芸、芸能、茶道、禅文化などをじっくりと楽しんでもらう滞在交流型のプログラム」で、「これまでの観光誘客から一歩踏み込み、“週末は金沢で過ごす”という生活スタイルを提案する」というのが主旨だそうです。

●いいですね。まさに私のためにつくられた企画のような気がして、うれしくなってきました。というか、考えてみれば、私の場合はほうっておいても自動的にそのような状況になりそうです。

●問題は費用だけです。地元の滞在費はともかく、新幹線利用にしてもマイカー利用にしても、週1で帰るとなるとかなり余裕のある方でないとむずかしい話。

●要は、心と懐に余裕のある方々が対象なんでしょうけど、はたして私にそんな余裕が生まれるだろうか… 妙に考えされられました。

週末は金沢滞在を 食や文化じっくり、生活スタイル提案 市当初予算案に事業費
(北國新聞社 2006.2.25)
北陸新幹線の開業を見据え、金沢市は新年度、県外客に金沢ならではの伝統や文化を堪能してもらう「週末滞在プログラム」の全国発信に乗り出す。新幹線開業では、人口や消費が首都圏などに流出するストロー現象が懸念されているが、豊富な文化資産を武器に、首都圏のほか、富山や長野など沿線都市からの逆ストロー現象を狙う。リピーターを増やし、滞在プログラムによる交流人口を、金沢を「終(つい)のすみか」とする定住人口につなげていく。
市当初予算案に「金沢の魅力」発信事業費五百万円が計上された。(後略)


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2006年02月22日



2月20日、福岡・太宰府天満宮から贈られた紅白梅を植樹 金沢市

●梅は金沢市民俗文化財展示館(飛梅町)の前庭に植えられたそうです。
飛梅町復活の金沢に梅寄贈/太宰府天満宮
(日刊スポーツ九州 2月17日)
加賀藩当時の旧町名復活を進めている金沢市に「飛梅町」が誕生したのを記念して、菅原道真の飛梅伝説で知られる太宰府天満宮(福岡県太宰府市)が金沢市に梅を贈ることになり、17日午前、福岡空港から全日空機で運ばれた。(後略)

「飛梅」飛んで金沢に 太宰府と交流、つぼみ膨らむ 20日に植樹
(北國新聞社 2月18日)
菅原道真公(天神)の飛梅伝説で知られる太宰府天満宮(福岡県太宰府市)から金沢市に贈られる紅白梅が十七日、全日空便で小松空港に到着した。旧町名「飛梅町」復活を記念し、伝説さながらに航空機で空を飛んできた梅は、同日、金沢市へと運ばれ、二十日の植樹式を待つばかりとなった。(後略)

●なぜ太宰府天満宮から梅が贈られたのでしょうか。上記の記事では、菅原道真公の飛梅伝説が「飛梅町」という旧町名の復活のきっかけになったことが、簡単に触れられています。

●町名変更のいきさつを調べていたら、なんと、わが母校「金沢市立紫錦台中学校」のサイトで見つけました(元情報は新聞記事ですが)。

●なぜ母校のホームページに書かれているのか。それは…簡単な話です。じつは、昭和38年まで「飛梅町」が母校の所在地の町名(飛梅町3丁目)だったからです。

金沢市立紫錦台中学校 「飛梅町」復活!のページ
金沢市立紫錦台中学校 公式ウェブサイト

●旧町名がなくなったのは、金沢市が「昭和37年制定の“住居表示に関する法律”の実験都市に指定され、昭和39年以降、520の旧町名が消滅した」からでした。

住居表示に関する法律 昭和37年5月10日 法律第119号

●しかし、金沢市は、国の方針とはいえ、市民に親しまれてきた歴史的な町名を変更したのは軽はずみな決断であったことを深く反省し(? 注・私の推測デス)、平成11年、全国に先駆けて「主計町(ちからまち)」を復活、次いで翌12年、石引3丁目に変更されていた地区を、元の「飛梅町(とびうめちょう)」と「下石引町(しもいしびきまち)」に戻したのです。拍手。

●旧町名の復活は全国的な動きになっていると、数年前どこかで聞きました。また、これはほとんど関係のない話ですが、つい最近、東海道五十三次などの五街道の起点である「日本橋」も、橋の上をまたいで架けられている現代文明のシンボル・高速道路を移転して昔の景観を取り戻そうという動きがあるようです。私には同じ線上にある動きのように感じます。

●多くの日本人がいいと感じているものは、いくら古いものでも積極的に残していこう、という機運が盛り上がっています。歴史を残すというのは、一部の偉人の業績だけでなく、一般市民の生への思いや努力の跡、生活文化なども残していこうということなんですね。

●最近は殺伐とした事件ばかりが目立ちますが、これは心あたたまる、ちょっといい話でした。大宰府から飛んできた梅が、爽やかな春を運んできてくれたようです。
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2006年02月14日



松原健之さんの人気がジワリ上昇中

●籐五郎さんからの情報で、今月、松原健之さんのステージを、NHKで見られることを知りました(3月28日NHK総合 訂正 2月28日歌謡コンサート 20:00〜)。1月31日の夜にもNHKに出演されてたみたいですね。

 「金沢望郷歌」が好調です(松原健之)
  Doblog - 北陸の城下町金沢ぶらり旅 【金沢は今も雪か】 -

●松原健之『金沢望郷歌』と何度も言ってる割に生のステージを見る機会がなく、申し訳なく思ってます。※その代わり、歌はしつこく聴いてます。

●で、思い立ってGoogleで「松原健之」を調べてみたら、かなり関連記事が増えていることに驚きました(私が遅れてただけかも知れませんが)。個人のファンはもちろん、音楽関係サイト、放送局サイトなど、2月14日現在で602件でした。確か、前に記事にしたときは半分もなかったと思います。おかげで、松原健之さんのプロフィールについても少し詳しくなりました。


きょうのGoogle検索で知った松原健之情報

○所属プロダクションは五木ひろしさんのところだった
 五木ひろし公式ページに「松原健之情報局(コーナー)」が設けられていました。
 直近のスケジュールとまとまったプロフィールも載ってます。
 W五木の秘蔵っ子・松原健之がお披露目
 (SANSPO.COM−芸能)

○五木寛之さんとの出会いは2001年夏ごろであった
 上のプロフィールの中で、五木寛之さんとの出会いが、2001年9月から2004年3月まで行われた「劇団前進座創立70周年記念の舞台「旅の終わりに」のオーディション」のときだったことを知りました。松原さんを気に入った五木さんの強力なプッシュで同舞台に出演、歌手を目指す青年役で、主題歌『旅の終わりに』を歌ったそうです。

○平成17年度(社)日本歌手協会奨励賞を受賞した
 日本歌手協会−おめでとう!奨励賞受賞

2/12(日)フードピア金沢(フードピアランド)でミニステージがあった

○オリコン演歌部門ヒットチャートで第20位(2006年2月13日現在)
 演歌 週間ランキング-ORICON STYLE ランキング

○詳細なスケジュールを記録しているファンがいた
 21世紀の叙情歌謡/松原健之-◆九段目◆
 おおいにハラショー「原」「情」-◆九段目◆
 とくに、昨年11月からの松原さんの動きが手にとるようにわかりました。
 かりゆし日記 ☆松原健之くん☆
 こちらも熱烈なファンのご様子。

○2チャンねるに掲示板ができていた(2005年10月17日〜)
◆松原健之(たけし)を応援しよう◆

○4月にファンクラブができ、6月にミニアルバムが出る予定
 金沢望郷歌 じわじわヒット
 (asahi.com マイタウン石川 2006年2月3日)

○他にも多々


●名実ともに“日本の歌手”の仲間入りができたって感じかな。いよいよ人気も本物になってきたみたいで、楽しみが増えました。金沢遠望でも時々、追っかけさせてもらいます。
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2006年02月08日



冬グルメ「フードピア金沢2006」開催中

●2月6日から28日まで、金沢では冬の食の祭典「フードピア金沢2006」が催されています。

●1985年(21年前)に始まった市をあげての冬のビッグイベント(だそう)ですが、残念ながら私はこの時期に一度も帰ったことがなく、現地の雰囲気を知りません。

●たぶん、メイン会場が中央公園なんでしょうね。フードピアランドという名前で、囲炉裏村、屋台村、ラーメン横丁、ステージイベントなど、いろんな味やモノ、コトが楽しめそう。

●街の真ん中ですから、だれもが気軽に行けますね。この時期は1年でも一番雪が積もるときなので(今年はちょっと多いかも)、冬の金沢観光には最適のタイミングです。おいしい魚がお腹いっぱい食べれますね。嗚呼、行ける人がうらやましい… 

冬の食の祭典「フードピア金沢」開幕 10日から「ランド」 県中央公園で準備
(北國新聞社 2006.2.7)
フードピア金沢2006(北國新聞社特別協力)は六日、「『美(うま)い。』の玉手箱」をテーマに始まった。金沢市の県中央公園では十日から開かれるフードピアランド(北國新聞社主催)の会場設営で公園の入口に長さ六メートルの大のぼりが登場し、夜は老舗店主が伝統文化を語る新事業「金澤老舗大学夜話」が催されるなど、二十三日間にわたる冬の食の祭典が開幕した。(後略)
フードピア金沢2006・オフィシャルサイト
「フードピア金沢」は、食材の最も豊富な冬に、石川の食文化とそれを
育てた風土を満喫できるイベントです。1985年から開催され、
石川の冬を代表する「食の祭典」として毎年多くの参加者にお越し頂いております。


●ところで、このあいだの日曜日(テレビ朝日系列の旅の番組)、俳優の山本学さん山本陽子さんが小雪舞う金沢〜山代温泉で、死ぬほど贅沢な食べ歩きをしていました。

近江町市場で生の白ガスエビタラの白子鍋を食べ、片町の天ぷら割烹かぶら寿司ブリ大根を食べ、山代温泉の高級旅館ズワイコウバコからみ大根を添えた寒ブリ加賀レンコンの和え物ノドグロの塩焼きハモのツミレ鍋を食べ、橋立港で5万円のズワイガニを使った漁師さんの賄い飯を食べていました。2日間で、食事代だけでも、たぶん一人10万超円…。お二人の満足げな顔を思い出しただけで唾が止まらなくなってきた。

●ほんとうにおいしいものを食べたい人は、絶対に冬の金沢を訪れるべし。
2006年02月06日



金沢音楽週間 2月3日から12日まで

●今年はイベントが多いです。これは横浜で人気のジャズイベントを参考に、今年初めて企画されたポップス・ジャズ系の音楽交流イベント。

●生来の恥ずかしがり屋からか、音楽のノリの悪さで定評のある金沢人ですが、そんなイメージを一新するビッグムーブメントになってください!
地域活性へ“官民合奏”『金沢音楽週間』始まる 市内各所 プロ、アマがライブ
(中日新聞)
冬の金沢を音楽で盛り上げようと、金沢市内のライブハウスが協力した交流イベント「ライブサーキット」が三日、開幕した。地域活性化を狙いに官民が協力した初の催し。十二日までの十日間、市内各所で各ジャンルの音楽が鳴り響く。(後略)

●ライブ開催場所
○市民芸術村ミュージック工房
○もてなしドーム(JR金沢駅東)
○金沢21世紀美術館
○CODONA
○金沢蓄音器館
○ジョーハウス
○ミニケルズ・カフェ
○ジャズ居酒屋ボクネン
○ジャズ・ライン・スタジオ
○もっきりや
○オーディオギャラリーabc
○メロメロポッチ
○exケントス
○G,z(ジーズ)
○金沢AZ
○パドル
○バンバンV4
○山蓄
○ビッグピンク

問い合わせ:ミュージック工房 TEL076-265-8325
2006年02月05日



金沢・湯涌温泉 氷室続報

●くてくてさんのコメントに触発されてGoogleで検索して得た、さらなる氷室情報です。

氷室の雪詰め、氷室小屋、氷室開き(かなざわフォトライブラリー)

氷室で貯蔵する大寒の雪(エブリディ)

●兼六園にも氷室の跡がある!
そういえば、そうでした。小学校の授業で習い、実際に課外授業で見学に行った覚えがあります。
記憶がおぼろ〜でしたが、兼六園の東の角っこ、山崎山のあたりでしたね。ただ、この兼六園の氷室と湯湧温泉の氷室がどういう関係にあったのかがまったく記憶にありません。ネットでも、今日は調べきれませんでした。どなたかご存知ないでしょうか? (個人的な勝手な想像では、湯湧のは将軍様へ、兼六園のは前田のお殿様への献上用だったのかと…。まったく根拠レスな想像です)。

山崎山・氷室のあたりの写真(「MURAKAMI Toshio's home page」)

●7月1日は氷室の日
金沢では氷室饅頭を食べる風習があります。私も子ども時代には食べましたが、今でもそうなんかなあ。でも、季節のお土産にいいよ。

氷室饅頭 氷室の日(ウォーキングで金沢めぐり)

●星稜大学ではこんなイベントもやってたんですね。面白い!
金沢星稜大学

●湯涌の町がわかりやすく描かれています
湯涌温泉イラストマップ(懐石の宿 戸田屋)

●ついでに、湯涌温泉の温泉の効用について
名湯百選 温泉療法医がすすめる温泉
温泉療法医がすすめる温泉 野原聖一(金沢大学医学部助教授)
浴用)神経痛 筋肉痛 関節痛 創傷 火傷 慢性皮膚病 慢性婦人病 動脈硬化症 病後回復 疲労回復 健康増進 虚弱児童ほか
(飲用)慢性消化器病 慢性胆のう炎 胆石症 肥満症 糖尿病 痛風など(後略)

竹久夢二館の写真

●湯涌温泉に行きたくなった…
2006年02月01日



氷室(ひむろ)といえば湯湧(ゆわく)温泉

●久しぶりに懐かしい言葉を聴きました。「氷室」です。

●氷室とは、言葉通り「氷の部屋」。小学校の低学年だったと思いますが、初めてその話を聞いたときは夏の暑い盛りだったので、たいへん涼しく、いい気分になったことを思い出しました。(冷房なんて優れものはなかった時代です)

●その頃、私は近所の遊び仲間とともに、金沢城の裏手にある尾崎神社の敷地内の藪の中に秘密の基地(古い防空壕の跡)をもっていて、月に数回、そこへ遠征に行き、そのほこらで休憩をとったりしていました。

●内部は薄汚れていて、いつも何かを燃やしたあとのような、すえた臭いがしていて不気味な感じもありましたが、とにかく中は涼しかったのです。氷室の話を聞きながら、その秘密基地のことを思い出したので、いい気分になれたのかも知れません。

●私の氷室のイメージはその防空壕なのですが、実際の氷室は、金沢の南の奥座敷といわれている湯湧温泉の、たぶん山の中にあったんでしょうね。
  ※湯湧温泉は以前、当ブログでもちらりとご紹介しましたが、詳しくは改めて別の機会に。湯湧温泉と竹下夢二館

●加賀藩は氷室でつくった氷を、毎年、旧暦の6月1日から4日間かけて江戸へ運んで将軍に献上していたという、いかにも金沢らしい話ですが、たぶん当時としては一大行事で、市民総出でお祝いをしたのではないかと思われます。氷室饅頭は、そのお祝いのゆかりの品だったのではないでしょうか。

●氷室については、ワンダフル金沢さんのホームページにわかりやすい説明が載っています。
氷室開き
藩政時代加賀藩では、冬の間に氷室に雪を貯蔵しておき、旧暦の6月1日に氷室を開き、その雪を4日かけて江戸へで運び、将軍に献上していました。金沢の奥座敷湯涌温泉では、1987年からこの氷室の行事をを復活させました。金沢市の補助を得て氷室小屋を建設し、毎年1月の最終日曜日に氷室に雪を詰め、6月30日にこの氷室から雪を取り出す氷室開きが行われてきました。昨年まで湯涌温泉の一番奥にある玉泉湖畔にある氷室小屋で氷室開きが行われてきましたが、2002年の今年は玉泉湖を管理する会社の許可が得られず、旅館の冷蔵庫に保管されていた雪を使って氷室開きが行われることになりました。(後略)


●その氷室に雪を入れる儀式が、現在は毎年1月の最終日曜日に、湯湧で行われているそうです。今では観光客もちらほらみえるみたいですね。
金沢・湯涌温泉 夏へ冷たい『贈り物』 冬の風物詩 500人、氷室の仕込み
(中日新聞)
金沢市湯涌温泉の冬の風物詩「氷室の仕込み」が二十九日、同温泉の薬師堂境内にある氷室小屋であった。市内外から集まった約五百人が、除雪器具を使って雪を集め、次々に氷室の中に入って雪を踏み固めた。(後略)
冬の思い出、雪と一緒に詰め込んで 金沢・湯涌 観光客、氷室に仕込み
(北國新聞社)
 旅館の宿泊客を対象とした「氷室の仕込み(雪詰め)」の体験会が三十日夜、金沢市湯涌温泉の薬師堂境内で行われた。参加した観光客は、かがり火に照らされた幻想的な雰囲気のなか、氷室小屋に雪を詰め、加賀藩ゆかりの伝統行事に触れた。(後略)

●氷室に雪が詰められるのは、当然、一番雪の多い時期で、厳しい気候のなかでの作業だったはずです。それに、雪を半年間持たせるのはたいへんな技だったのではないでしょうか。そのために命をかけていた人もいたかもしれません。

●それに引き換え、今の私といえば、1年中好きなときに冷蔵庫から氷を出してきて焼酎の水割りを飲んでいるという、将軍様が聞いたら卒倒するような贅沢な暮らし… 大反省。