金沢の風物詩 金沢遠望

2007年08月06日



打ち水運動、今年も盛ん

暑さ一番 涼求め 小松34.7度、金沢34.5度 木倉町で見まき
(北國新聞 8月1日)
一日の石川県内は太平洋高気圧に覆われて朝から気温が上昇し、小松では午後一時十分にこの夏一番の三五・六度を記録したのをはじめ、金沢でも同一時前に三五・〇度まで上がり、県内初の「猛暑日」となった。照りつける日差しの下、県飲食業生活衛生同業組合の第四回飲食水まき作戦2007が始まり、市民の涼感を誘った。(後略)

●全国の商店街や子ども会などで広がっているようですね。先日、ニュースを見ていたら、打ち水で下がる温度は「約2℃」ということでした。

●32℃が30℃になっても実際の暑さはそんなに変わりませんが、道路から上昇する蒸気が人の熱を吸い取っていってくれる分、体感的には涼しく感じます。

●打ち水で温暖化に対抗できるとは思えませんが、打ち水は、日本人が忘れてしまった自然との一体感のあるライフスタイルを、少しだけ取り戻してくれるような気がします。



●打ち水で思い出すのは、子ども時代に母親から言われて我が家でも自宅前でやっていたこと(当時は打ち水をしている家が多かった)と、もう一つ、加山雄三の映画「若大将シリーズ」のなかのワンシーンです。

若大将シリーズ

●主人公の加山雄三さんは、明治時代から続く老舗のすき焼き屋「田能久」の息子です。このお店や町内の雰囲気が、私の記憶では、典型的な東京の下町のイメージでした。

●実際はどんな設定だったのかは知りませんが、私の想像の中では、下町でしたね。その加山の祖母役の飯田蝶子さんが、いつもお店の前で打ち水をしていました。

●何気ない日常の風景ですが、そのワンシーンが、人情味にあふれていて、なんか、よかったんです。あれは昭和30〜40年代の下町の光景でした。(そういえば「三丁目の夕日」続編の予告が始まってます)

●昭和30年代半ば〜 というと、高度成長期の真っ只中。日本中ががむしゃらに働いていた時代のはずですが、こうやって映画などで振り返ると、意外にも登場人物がみんなのんびりしていて、ゆとりが感じられます。

●しかし、豊かな時代になったはずの現在、周囲を見渡すと、そんなゆとりがまったく感じられないのはどうしてなんでしょう。不思議です。

●「打ち水」は、都会に住む現代人が大地をいたわることのできる唯一の瞬間です。「打ち水」のなかに、ほんとうの豊かさがあったように感じられてなりません。



●地球温暖化防止運動も、利権や売名行為、個人的な利益追求からではなく、一人ひとりが今自分や家族が生きているということに素直に感謝する気持ちから行えば、きっと大きな成果が現れると思います。

●そんな「打ち水」の習慣が、もっともっと広がることを期待したいです。




2007年07月05日



天然記念物、金明竹ってどんな竹?

金明竹使い七夕飾り 加賀、間引き分を再利用
(北國新聞 2007年6月30日)
加賀市篠原町の金明竹保存会は、町に自生する国天然記念物の同竹を七夕飾りに使ってもらうため、地元の小学校、保育園に提供する。樹勢維持のために間引きした竹を有効活用する初の試みで、地区名や小学校名ともなっている「地域の宝」を使って、子どもたちに心豊かな七夕の思い出を作ってもらう。三十日は町内の児童も参加して竹の間引き作業を行い、切り取った十五本程度を小学校、保育園に配る。
金明竹は茎の色が黄金色で、一八七六(明治九)年に同町で自生が確認され、一九二七(昭和二)年に国天然記念物に指定された。(後略)

金明竹(きんめいちく)は国指定の天然記念物で、全国的に見られるようですが、加賀市篠原町でも保存活動が続けられているそうです。

金明竹情報

 キンメイチク(金明竹) こちらは群馬県赤城村のもの

 津幡町の倶利伽羅古戦場にも群生があるそうです
 倶利伽羅塾:文化財・観光:金明竹

   津幡町ホームページ 

 盆栽の材料にも使われているみたい
 金明竹

 なんと、落語のネタにも…
 三代目三遊亭金馬の噺「金明竹」


●♪笹の葉さ〜らさら♪ 七夕の風習は中国に起源があるそうですが、短冊に願いごとを書いて竹の葉に飾るのは日本独自のことで、江戸時代に始まったものだそうです。

●加賀市の子どもたちは今年、どんな願いを書いたのでしょうか。

●金沢ではこんな七夕も…
風雅なひとときを堪能 金沢市の旧園邸・松向庵で七夕茶会
(北國新聞 2007年7月11日)


●ところで、最近、加賀市には温泉郷だけじゃなく、いろんなユニークなものがあるように思えてきました。これからも時々ご紹介いたします。



2006年10月25日



犀川の増殖事業はサケからサクラマスへ

●1985年(昭和60年)以来、犀川の「サケ」の増殖に力を入れてきた金沢漁協では、その事業にひと区切りがついたということで、来年から「サクラマス」の増殖に切り替えるそうです。

十分増えたサケ、サクラマスに移行 金沢漁協、犀川の増殖事業 今年度で
(北國新聞 2006年10月24日)
金沢市の犀川で二十一年間行われてきたサケの増殖事業が今年度で打ち切られる。同市から委託を受け、事業に取り組んできた金沢漁協は、水質の改善とともに順調に増えているサケは自然増殖に任せ、今後は、釣り人から人気が高く、五年前から稚魚を放流しているサクラマスの増殖に力を入れたいとしている。(後略)

サケの養殖は、毎年12月に20万粒の受精卵を犀川に入れ、稚魚になるまで育てあげ、翌年3月放流するというやり方が行われてきました。大人になったサケは、放流から約4年後に犀川に戻ってきますが、近年は水質改善の成果もあってその数が着実に増加、安定してきたことで、方針転換することになったとか。

●で、次に選ばれたのが「サクラマス」。
 サクラマスとは、河川の上流に棲んでいるヤマメが海に下り、回遊した後、産卵のため再び上流へ遡上してくる魚です。大きさは50〜70cm、体重は2kg〜3kg。

 サクラマスとは - はてなダイアリー

 サクラマス - Wikipedia

●もともとサケマスはおなじ仲間だそうで、淡水生活をしているサケ科の魚をマスというのだそうで。

●ちょっと間違えそうなのが、5月に遡上してくるサツキマス。こちらはアマゴの一種だそうで、サクラマスよりも貴重な種類のようです。

 サツキマス

●サケもヤマメもサクラマスもアマゴもサツキマスも、みんなきれいな水が流れるところでしか生きておれない箱入り娘のような魚です。ということは、犀川がそれだけきれいな川であるという証になる、ということで、金沢の街おこしのシンボルにもなります。

●金沢漁協では、2001年(平成13年)から、毎年4月にサクラマスの稚魚1万匹を犀川に放流してきたそうですが、今後はさらに力を入れるそうです。こちらも新しい金沢の名物になってくれるよう、応援したいですね。

●「せっかく育てた魚を食べるのは残酷じゃないの」という人がいますが、元々釣って食べるために育てているわけですから、これは自然の摂理にかなっています。環境の変化を考えずにむちゃくちゃやるのは絶対にまずいですが、きちんと管理しながら、育てて食べる、という、日本古来の循環型生活の食物連鎖にかなったやり方ですから、大いに振興してもらいましょう。


2006年10月14日



金沢・犀川で川魚の帝王アユの受精卵を設置

 ●10月6日記事のイワナ・ヤマメに続き、犀川アユの卵が置かれました。具体的には、アユの受精卵(今年は約52万粒)を付着した巣箱を川底に設置するという作業です。
 金沢漁協地アユ増殖事業によるもので、「アユの受精卵は約2週間でかえり、日本海に下った後、来年4月下旬ごろから徐々に遡上してくる」(下記記事より)そうです。

天然アユ 元気に育て 金沢漁協が受精卵を川に
(北國新聞 2006年10月12日)
十二日の石川県内は、北からの高気圧に覆われて晴れ、正午までの最高気温は金沢で二四・〇度と平年を二度ほど上回った。穏やかな陽気の下、金沢市の犀川下流では、金沢漁協の地アユ増殖事業が行われ、関係者は来春の遡上(そじょう)に期待を込めた。(後略)


●じつは、私の父の養父は犀川沿線ぞいにあった川魚の釣具屋さんに勤めていたのですが、私が物心ついた頃にはもう引退しており、釣りをしている姿は一度も見たことがありません。祖父母の家の押入には、年季の入った釣竿や魚籠(びく;釣った魚を入れる竹編みのかご)がしまってありました。
 祖父は川泳ぎにも自信があったみたいで、幼稚園児の私を肩にかつぎ、犀川の流れの急な中央部で立ち泳ぎをして楽しませてくれたことを覚えています。もっとも、私にとっては恐怖のひとときでしたが。
 また、これは前にも書いたことがありますが、祖母は桜橋のたもとに住んでいたのですが、アユの毛ばり作りの内職をしていました。

●私も弟と二人で、犀川でアユ釣りの真似事をしたことがあります。当時は犀川大橋の付近にも、橋から見下ろすと、元気に泳ぎまわっているアユがたくさんいました。だから、犀川というと、私にはアユのイメージが強いです。

●昔もそうだったのかも知れませんが、天然アユといっても、卵の段階では人の手がかかっているんですよね。52万粒の卵がすべて若アユになって戻ってくるとすごいことになりますが、実際にはどれくらい戻るんでしょうか。数を数えるのもたいへんでしょうが(だれがどうやって数えるんだろう?)、自然を相手にする仕事というのは根気がいります。

●そんな漁協の人たちの努力のおかげで、私たちはおいしいアユを食べ続けられているんですね。心より感謝いたします。

2006年10月06日



金沢市内の犀川や浅野川でヤマメの稚魚放流

●秋が深まってきた10月、金沢市内犀川浅野川森下川ヤマメイワナの稚魚が放流されました。毎年、この時期の風物詩です。

金沢市内の犀川や浅野川でヤマメの放流
(北陸朝日放送 10月3日)
金沢市内の犀川や浅野川で3日ヤマメやイワナの稚魚が放流されました。この放流事業は、川釣りのシーズンが終わった10月上旬に毎年行われています。


●放流されたのは、白山市大日川上流の養殖場で育てられヤマメ2万7000匹、イワナ8000匹、計3万5000匹。川釣りが解禁になるのは来年の3月だそうです。

●3万5000匹という数字が多いのか少ないのかわかりませんが、金沢の人口46万人、観光客を合わせると「川魚を食べる人」は100万人を優に超えそうなことを考えると、かなり少ない感じがします。これからは魚と自然と漁協のみなさんに感謝しながら、じっくり味わって食べなければなりません。ありがとうございます。

●何でも食べる人間は地球上で一番残酷な生き物だと常々反省しておりますが、なぜかヤマメもイワナもおいしいです。大好きです。非常に矛盾を感じながら生きているくせに、実は非常に残酷な私です。お許しください、自然様。

 

(白山市)

2006年09月23日



金沢園遊会2006開幕 9月22日

●始まりました、金沢園遊会2006

咲き競う花街の艶 「金沢おどり」で金沢園遊会開幕 
(北國新聞 2006年9月23日)
金沢で育まれた文化の粋を集めた「金沢園遊会2006」(同園遊会実行委員会、北國新聞社主催)は二十二日、「金沢おどり」の華やかな舞台で三日間の宴の幕を開けた。(後略)

●金沢園遊会は、室生犀星を偲び、犀川大橋と桜橋の間にある緑地河川敷で行われる「犀川・犀星まつり」をはじめ、金沢おどり金沢城・兼六園大茶会加賀の宴など、多彩な内容となっています。

犀川・犀星まつりは犀川の河川敷で催されます。石川の太鼓、踊り流し、歌謡コンサート、篠笛・琴・三味線の競演や西料亭の芸妓連中の舞踊、フリーマーケット、飲食店屋台、いけばな野外展など。川には自衛隊により模擬架橋が架設され、両岸を行き来できるようになります。のどかなまつりです。

 写真で雰囲気を知りたい方はこちらで
 ○ワンダフルかなざわ
 ○きまっしネット

金沢おどりは、ひがし・にし・主計(かずえ)町の三茶屋街の芸妓衆のおどりで、三茶屋街の芸妓衆が総出演。

加賀の宴は、金茶寮、つば甚、杉の井、つる幸、金城樓、山乃尾、銭屋、石亭、大友楼という金沢を代表する高級料亭で楽しめるグルメ企画で、金沢おどりS席とセットで25,000円。


????????金沢ワンポイント観光ガイド―秋の金沢には金沢園遊会をめざして訪れましょう

 しっとりとした秋の風に誘われて、金沢百万石の雅趣にふれてみませんか?
 今年がむりでも、来年もありますから。

金沢おどり

9/23 11:30〜、14:00〜
9/24 14:00〜

石川県立音楽堂邦楽ホール
金沢城・兼六園大茶会 9/24 9:00〜 金沢城鶴の丸休憩所他7会場
金沢・犀川犀星まつり 9/24 10:00〜 犀川大橋上流河川敷
加賀の宴 9/22〜9/23 金茶寮,つば甚,他老舗料亭


2006年08月17日



金沢園遊会2006 金沢・犀川犀星まつり 今年は9/22〜24の3日間

●今年も金沢園遊会の季節がやってまいりました。昨年、一度ご紹介していますが、ご興味のある方は今からスケジュールとお財布の準備を。

金沢市観光協会/イベントカレンダー【秋】 

3茶屋街、息合わせ 「金沢おどり」へ合同稽古 9月22日から3日間
(北國新聞 2006年8月23日) 
九月二十二日から三日間、金沢園遊会の主行事として開催される「金沢おどり」(同園遊会実行委員会、北國新聞社主催)に向けて金沢市のひがし、にし、主計(かずえ)町の三茶屋街の芸妓(げいこ)衆が二十二日、同市野町二丁目の西検番で合同稽古(けいこ)を行い、素囃子「竹生島(ちくぶしま)」の音色に磨きをかけた。(後略)

●金沢園遊会のメイン行事は、室生犀星を偲び、犀川大橋と桜橋の間にある緑地河川敷で行われる「犀川・犀星まつり」ですが、その他に、金沢おどり、金沢城・兼六園大茶会、加賀の宴などが行われます。

 ○犀川・犀星まつり 9/23(土)〜24(日)犀川大橋上流河川敷
 ○金沢おどり     9/22(金)〜24(日)14:00〜 石川県立音楽堂邦楽ホール
 ○金沢城・兼六園大茶会 9/23(土)〜24(日)金沢城公園鶴の丸休憩所、東の丸北面石垣前芝生など7会場
 ○加賀の宴      9/22(金)〜23(土)老舗料亭

●北國新聞の記事にありますように、金沢おどりは、ひがし・にし・主計(かずえ)町の三茶屋街の芸妓衆のおどりで、三茶屋街の芸妓衆が総出演する貴重な機会です。

●また、加賀の宴は、金茶寮、つば甚、杉の井、つる幸、金城樓、山乃尾、銭屋(以上9/22-23)、石亭、大友楼(以上9/22のみ)という金沢を代表する高級料亭で楽しめるグルメ企画で、金沢おどりS席とセットで25,000円で伝統の加賀料理を堪能できることになっています。

●古都金沢、大人の金沢の真髄に接したい方は、この機会をお見逃しなく。

 

《金沢ワンポイント観光ガイド―金沢園遊会は9月22日〜24日》

金沢の粋をたっぷり楽しめる機会です。百万石の雅趣を味わってください。

 

 

2006年07月16日



金沢では新盆のお墓参り、梅雨明けはまだだけど

金沢各所で新盆の墓参り
(北陸朝日放送 7月14日) 
14日の石川県内は朝から青空が広がり、金沢では31.8度と13日に続き真夏日となりました。こうした中、金沢市の野田山墓地では、朝早くから、花束やキリコを抱えた人たちが新盆の墓参りに訪れていました。そして墓石を磨いて周囲の草むしりをした後、祖先の霊に手を合わせて供養していました。金沢地方気象台によりますと、県内はあすから再び梅雨前線の活動が活発になるため、3連休はくずついた空模様になりそうですが、気温は30℃近くまで上がり暑い日が続きそうです。

新盆(にいぼん)初盆(はつぼん)というのは、一般には、亡くなられてから初めて迎えるお盆のこととされています。

●最近の新盆の慣習やお供え物の贈答様式について、Allaboutに記事がありましたので、ご参考までに。

 亡くなってから初めて迎える新盆について - [冠婚葬祭]All About

●しかし、なぜかわかりませんが、金沢では先祖供養の盆の行事は東京などと同じように新暦で行う風習があり、もちろん旧盆(8月)でもかまわないのですが、お墓参りは毎年7月14〜15日を中心に行われています。
※また、うちだけかも知れませんが、新盆の呼び方は、旧盆に対する言葉として<しんぼん>といってます。

●お墓参りでは、お墓の前に花とお供えを置き、ロウソクと線香をつけ、キリコを飾ります。

キリコとは、模型飛行機のような細い木でつくった直方体の枠に極薄の板の屋根をつけ、4面に障子紙を貼ったもので、中にロウソクを灯せるように裏底から短いクギがでているという簡素なつくりのもです。ちょうちんの代役のようなイメージがありますね。

●また、このキリコはどうやら金沢独特のものらしく、他の地方では(といっても数カ所しか知りませんが)見かけた覚えはありません。

 キリコの写真と説明が、籐五郎さんの1年前のブログの記事にありました。
 北陸の城下町金沢ぶらり旅 【桜橋から・・・・】

●籐五郎さんによると、最近はお盆の後に焼却するときの煙が環境によくないとかで、キリコを使うことが減っているそうです。子どもの頃からなじんできたモノですが、将来はなくなる運命にあるのでしょうか。もしそうなら、非常に寂しい話です。 ※籐五郎さんの写真にある木札のようなものは、まだ見たことがありません。

●私は夏の帰省はしたりしなかったり、また大型連休時はあえて避けて移動していますので、いつも季節はずれのお墓参りになってしまいます。親不孝ばかりか、先祖不幸まで重ねております。

●今年は7/15〜17と3連休なので、各墓苑ではあすまでお墓参りの人が多そうですね。墓苑周辺の交通規制に注意してお出かけください。


2006年07月01日



氷室、続報

●昨日〜本日は氷室開きの日です。
厳かに氷室開き 金沢・湯涌 涼感楽しむ
(北國新聞 2006年6月30日)
金沢市湯涌温泉で三十日、夏の風物詩である「氷室開き」が行われた。一月下旬から小屋に保存されてきた雪が披露され、雨の降る中集まった観光客や地元住民ら約四百人が涼感を堪能した。
金沢市湯涌町の薬師寺境内の氷室小屋前では、同温泉観光協会の安藤精孝会長が「昭和の時代に始まって二十一回目を迎えることができた。これからも湯涌の歴史として続けていきたい」とあいさつ。仏事に続き、協会員が小屋から切り出した雪を薬師寺に奉納したほか、保育園児が雪に触って歓声を上げた。同協会によると、五カ月前に小屋に詰めた雪約三十立方メートルのうち、六割程度が残っていたという。
金沢湯涌夢二館前の広場では、神酒や氷室そうめんなどが振る舞われたほか、温泉商品券などの当たる抽選会が催された。同日午後には石川県や金沢市に雪や氷室まんじゅうなどに加え、清少納言が「枕草子」に記した一節をもとに同協会が再現したかき氷を贈る。

●氷室に関連して、6月28〜29日にいただいたKENさんのコメントで、かなり正確な意味や背景などを教わりました。また、その話が非常に面白かったので、ここに記事として再掲載させていただくことにしました。

金沢城内にあった氷室氷室の氷の本当の採掘地犀川の上流・源流の自然金沢市の最高峰「奈良岳」周辺の山村の秘話、そしてKENさんの博学に驚いてください。また、ご興味をもたれた方はぜひ一度、KENさんのサイトを訪れてみてください。驚くような資料ばかり。すごいですから。

KENさんのサイト&ブログ
KENさんの集古館
石川県・金沢の幕末明治の出来事


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この記事へのコメント

<KEN>

氷室の日の氷献上は利家の頃からで、そのころは旧暦6月1日に、今の金沢の水瓶である犀川ダムに沈んだ二又・見上そして其の奥の、今尚廃村となって在る倉谷等の集落から運んできたそうで

其の頃、ここら辺の住人は利家より仙役として山仕事を任され、税は免除されてました。
その代わり合戦になると借り出され、陣地構築の役を負ったそうです。

倉谷廃村は私の好きな場所で犀川ダム沿いに
高三郎岳」に向かって、ダム沿いを2時間ほど歩いた吊橋を渡ったところに在ります。
高三郎の奥に犀川の源流犀滝があります。

金沢の最高峰「奈良岳」はその奥で向こうは河内村と五箇山辺りです。

幕末〜明治の毎年の記録を載せたMyBlogは
http://blog.goo.ne.jp/kaga-kanazawa/

Posted by KEN at 2006年06月28日 10:44


(kenbo)
●KENさん、コメントありがとうございます。またまた詳しい情報で勉強させていただきました。

●金沢にいたのは高校までで、その後は年に1、2回、帰るかどうかの親不孝を続けており、たまに帰省しても墓参や親戚周りであっという間に愛知県に戻ってしまいます。そんな生活をン十年続けており、犀川の源流には未だに行ったこともありません。お恥ずかしい限り。

●氷室の氷は犀川の奥の山村から運ばれていたとは知りませんでした。これまでは、湯湧の山間部だとばかり思ってました。高三郎岳、奈良岳なんて名前を聞くと、まさにマタギの世界。藩政時代は辺ぴな地域にも、密かな命を受けてその土地を守り続けている人たちがいたそうですね。

●感心させられる話ばかりです。ありがとうございました。当ブログはいつも浮わついた記事ばかりですので、時々喝を入れにきてください。よろしくお願いいたします。

Posted by kenbo at 2006年06月28日 20:42


<KEN>
拙宅においで下さいまして有難う御座います。

金沢人でも金沢市の最高峰は「奈良岳」と云う事を知らないし、それが何処にあるかを知ってる人は余り居ません。春先に犀川ダムから望む雪を被った奈良岳の勇姿は見事ですよ。

此処等辺はマタギの世界そのもので、雪解け時に此処へ行くと獰猛な猟犬を従えた「熊撃ち」に出会います。私もニ三年に一度は熊と出会いますよ。

此処の犀川上流は加賀藩の隠し金山があり、その掘削人を町に出さないように隠れ遊郭まで在ったそうです。
又、山を越えると火薬の原料である、五箇山の樟脳を掘っており、私の推測ですがその運ぶルートも此処を通ったのでは?と思われます。

と、云いますのは此処へ行く入り口の辺鄙な(今は辺鄙じゃない!)「駒帰町」(馬も引き返す険しい道の意らしい。その川向こうは熊が走り回る「熊走町」)に藩の役職者が住んでいたからです。多分、秘密を守る役割でしょうね。

その加賀藩秘密の金や樟脳を掘った人々の末路はどうなったんでしょうね?口封じ!?

湯湧の氷室は町興しで20年位前に始めたもので、江戸時代は遠くから運ばなくとも金沢城内に氷室を作り、其処の氷を将軍へ献上してました

Posted by KEN at 2006年06月29日 07:47


(kenbo)
●重ねてのコメント、感謝いたします。

●やはり奈良岳周辺はそういった地区だったんですか。マタギというのか忍者というのか隠密というのか、私にとっては昔見たチャンバラ映画でしか知らない世界ですが、中世の武家社会の暗部ですね。

●金沢の中心街から遠く離れたのどかな山村でも、すごく重い歴史を背負っているということを知り、何故か感動しました。勉強になりました。ありがとうございました。

Posted by kenbo at 2006年06月29日 09:58



奈良岳の位置
金沢市の最高峰、奈良岳の標高は1644m―これ、検定に出ます(かな?)



縮小率をアップすると石川県全体の中での位置がわかります。
五箇山(富山)と白川郷(岐阜)に非常に近いですね。こんな山岳地帯まで金沢市内だったなんて、まったく知りませんでした。勉強、勉強!


奈良岳に関する情報

奈良岳(ならだけ)

赤摩木古山・奈良岳・奥三方山 (富山・石川、五箇山)


2006年06月25日



7月1日「氷室の日」は金沢の夏の訪れを告げる風物詩

夏告げる甘い香り 金沢の和菓子店、氷室まんじゅう作り始まる
(北國新聞 2006年6月23日)
七月一日の「氷室の日」を前に、金沢市内の和菓子店で二十二日、伝統の和菓子「氷室まんじゅう」作りが始まった。工場内には、蒸し上がったばかりのまんじゅうの湯気の甘い香りが漂い、夏の到来を告げた。

金沢に甘〜い香り「氷室まんじゅう」
夏の風物詩 北陸発(YOMIURI ONLINE 読売新聞2006年6月25日)

●7月1日は氷室(ひむろ)開き。400年前のこの日(旧暦6月1日)、加賀藩は大寒の日に作り込んでおいた雪氷を氷室から掘り出し、当時の宅急便?(早馬?早篭?)で江戸の将軍に献上したのです。真夏日の1日、毎年、北陸から届く冷たい雪氷のプレゼントは、どんな癒し効果があったのでしょうか。きっと大奥では女官たちがお殿様の前でキャアキャア騒ぎながら雪合戦を… 失礼、はしたない想像でした。

●とにかく、この日、金沢は夏を迎えます。もちろん、実際に梅雨明け宣言が出されるのは毎年7月後半ですが、「氷室の日」がくれば、夏はもう目の前。今でも、金沢ではこの日、「氷室まんじゅう」を食べて健康を祈る風習が続いています。この日、金沢市内の宿に宿泊すると、たぶん、おいしいおまんじゅうがだされますよ。

●「氷室」のある湯涌温泉では6月30日に氷室開きのイベントが行われ、観光客に氷室酒やそうめんなどがふるまわれます。

湯涌温泉 氷室開き(e-まち知ろう石川)

会場:湯涌温泉 薬師寺境内氷室小屋 夢二館前広場
   金沢市湯涌町
   湯涌温泉観光協会 TEL/FAX 076-235-1040 / 076-235-1233


氷室開き 氷室まんじゅう(ワンダフルかなざわ)



2006年05月21日



金沢駅東広場に百万石まつりPR灯篭が登場

●金沢駅東広場もてなしドームの人工湧水池に、百万石まつりのPR用のおしゃれな灯篭が登場しました。

●浅野川で6月9日夜に開かれる行事「加賀友禅灯籠流し」にちなんだ灯篭だそうです。下の記事の写真を見ると、この灯篭は、ちょっとお盆には早いですが、キリコのようなデザインですね。

●ムード満点、じわりと盛り上がりが出てきた感じです。
友禅のあかり水面に 金沢駅東広場もてなしドーム 灯篭 百万石まつりPR
(中日新聞)
第五十五回金沢百万石まつり(六月九〜十一日)をPRする灯籠(とうろう)が十九日夜、JR金沢駅東広場・もてなしドーム内の人工湧水池に浮かべられ、幻想的な光が市民らを魅了した。(後略)



2006年04月20日



百万石まつりで“かぶき者”ファッションコンテスト

●6月9日(金)〜11日(日)に開催の百万石まつりで、「かぶき者ファッションコンテスト2006」というイベントが行われるそうです。

●「かぶき者」というのは、NHK大河ドラマ「利家とまつ」の唐沢・利家で有名になった「めだちたがり屋さん」のことですね。考えてみたら、お祭りにふさわしいイベントというか、祭りそのものですよね。

●一般に、金沢人はおとなしく、ひっこみ思案の人が多いと言われていますが(私もそうです)、利家は違ってました。というか、利家は名古屋の人ですもんね。

●でも、名古屋人も地味で堅実なタイプが多いといいますから、利家は別格だったのかも。それとも、戦国時代の荒くれ武士は、みなハデ好きだったのかしらん。

●ともかく、百万石まつりに新しい楽しみが増えたわけです。

●6月まであと1ヶ月半。今年こそ、何とか帰りたいなあ…
現代の“かぶき者”ファッション全国からデザイン219点
市役所で一次審査 入賞作品30点決まる

(中日新聞)
ことしの金沢百万石まつり(六月九〜十一日)で初開催される「かぶき者ファッションコンテスト2006」の第一次審査会が十五日、金沢市役所であり、デザイン画の入選作三十点を決めた。六月十一日に金沢城公園で最終審査会のファッションショーがあり、実際に衣装が披露される。(後略)


2006年04月17日



浅の川園遊会のレポート

●4/8-9、今年20周年を迎えた浅の川園遊会が、盛大に催されました。

●といっても、これは私のレポートではなく、あさぴーさんのブログの紹介です。当日の模様を詳しくご紹介いただいています。TB、ありがとうございました。

あさぴーのおいしい独り言
金沢の春、桜の季節を彩るイベント「浅の川園遊会」


●こちらにも素敵な写真レポートがあります。籐五郎さん、いつもすてきな写真を見せていただき、ありがとうございます。

北陸の城下町金沢ぶらり旅 【泉鏡花・桜心中】
浅の川園遊会(本祭)bP「浅の川おどり


20回目の節目 浅の川園遊会あす開幕 本物文化 女川が演出
(中日新聞)
春の金沢市・浅野川ににぎわいを添える「浅の川園遊会」。今年は二十回の節目とあり、スタッフの意気込みは例年以上。八日の宵祭りを直前に控え、実行委員会の代表実行委員を務める米沢修一さん(62)=同市東山三=にイベントへの思いを聞いた。(聞き手・片山健生)

2006年04月02日



浅の川園遊会まであと1週間…

●浅の川園遊会を間近に控えた主計(かずえ)町、そのロマンチックな写真と同町に関するミニ歴史が書かれている中日新聞の記事です。

浅野川 人もよう 主計町の風情 たおやか
(中日新聞)
金沢の街をゆったり流れる川面を、ガス灯がほのかに照らした。浅野川大橋のたもとから流れに沿って下流へとたどる通りに、伝統的な家々が立ち並ぶ。「主計(かずえ)町料亭街」だ。(後略)

主計(かずえ)町のうんちく詳細(中日新聞記事より)
終戦直後には五十五軒の料亭がひしめき合い、「男の遊び場」として栄えた。だが、町の中心部が現在の繁華街となった片町に移るにつれ、店は次第に減って四、五軒が残るだけに。約百五十人いた芸妓(げいぎ)も十人ほどになった。それでも黒瓦の家々が並ぶ通りは、繁栄の名残と情緒を今も残す。
「昔は次々と車が乗り付け、夜も昼のように明るかった」。終戦直後の一九四六(昭和二十一)年に創業した鍋料理店「太郎」のおかみ、松村多美子さん(70)は振り返る。「当時はお金がなくても出世払いが許された。おおらかな時代だった」
料亭街の雰囲気と川は切っても切れなかった。「やわやわと流れる浅野川があればこそ、町の風情がある」。松村さんの実感だ。


●男の遊び場がいいかどうかはわかりませんが、昔話としては、涙がでてきそうないいお話です。明治〜昭和30年代、日本は“おおらかな時代”だったんですね。



2006年03月19日



金沢・浅の川園遊会 4月8日-9日

●数日前、突然雪が降りましたが、それでも季節は確実に春に向かいはじめました。もう寒さにはいいかげん、飽きましたよね。

●4月8日-9日、今年で20回目になる浅の川園遊会が開催されますが、17日夜、そのPR用のぼんぼりの点灯式が主計町緑水苑で行われたそうです。いいですね、殺伐とした事件の多い最近、心からほっとできるニュースです。

●ぼんぼりは浅野川の天神橋から中の橋のあいだで、夜の茶屋街の風情たっぷりの光景は、まさに泉鏡花や五木寛之の小説の世界。春の金沢観光には絶好のタイミングですね。
ぼんぼりの灯 情緒 「金沢・浅の川園遊会」PR
(中日新聞)
「金沢・浅の川園遊会」が来月催される金沢市の浅野川沿いで十七日夜、PR用のぼんぼり百三十基に灯がともった。オレンジ色の温かみある光が辺りを情緒豊かに照らし、期待感をあおった。(後略)


第二十回 金沢・浅の川園遊会 ポスター

第二十回金沢・浅の川園遊会

4月8日(土)《宵祭》
・四条流包丁儀式
・東茶屋町八尾おわら流し
・料理茶屋 白糸懸作
・川床棧敷
・界隈料亭 点心席
・浅の川花火     他

4月9日(日)《本祭》
・素囃子・仕舞・筝曲
・浅の川おどり
水芸「平成 滝の白糸」
・お座敷太鼓・狂言・悪魔払い
・辰巳こんころ太鼓
・浅の川茶会・聞香席
・友禅流し
・川床棧敷  他


<ご参考>
昨年の園遊会の記事 北陸発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
泉鏡花記念館
滝の白糸(1956) あらすじ - goo 映画